山瀧寺跡(さんりゅうじあと)
- 神社仏閣・史跡
宇治田原町荒木地区には、「山瀧寺」と呼ばれた寺院がありました。周辺では古くから奈良時代の瓦片が見つかっており、山瀧寺の前身寺院が古代から存在したことを示唆していました。
昭和20年代まで存在した「大御堂(おおみどう)」は江戸時代の山瀧寺の中心施設で、明治になってから町内最初の学校「維孝館荒木小学校」に転用されました。大御堂の廃絶後、鎌倉時代の木造十一面観音立像などは、近くに建てられた観音堂に収められています。
「山瀧寺」という名称は、鎌倉時代の禅定寺文書にはじめて登場しますが、古代の寺院がどのような名称で、どのような施設があったのかは不明です。
平成11~14、17年度に教育委員会が実施した範囲確認調査では、荒木東出周辺で白鳳時代(7世紀後半)~平安時代にかけての様々な種類の瓦などが出土しています。
奈良時代に東大寺の僧によって創建されたなどいくつかの伝承を持ちますが、少なくとも7世紀後半には現地に寺院が建立されていたと考えられます。中世には地元郷士層の氏寺として、「田原祭」の神事が行われていましたが、江戸時代に度重なる火災と再建を繰り返し、ついに寺院としての歴史に幕を閉じたようです。
大宮神社の手洗い鉢は、山瀧寺の塔心礎だったと伝えられます。
見学のポイント
町指定文化財(木造十一面観音立像)
アクセス
【住所】
宇治田原町大字荒木小字東出
【交通アクセス】
公共交通
JR奈良線「宇治」駅、京阪「宇治」駅、近鉄「新田辺」駅から京都京阪バス「維中前(いちゅうまえ)行き」「緑苑坂(りょくえんざか)行き」「工業団地行き」のいずれかに乗車、「ね田(ねだ)」バス停下車 徒歩約7分